嫌われる勇気から学ぶ『あらゆる悩みが消える5つの方法』

ひきこもり

嫌われる勇気から学ぶ『あらゆる悩みが消える方法』

嫌われる勇気は、アドラー心理学の考え方を教える哲人と

アドラー心理学を否定する青年との会話方式で進んでいきます。

主に、私たちが思う疑問を青年が代弁し、哲人が応えてくれるため

大変理解しやすく、読み進めやすい内容になっています。

 

大ベストセラーの本なので、ご存じの方も多いとは思いますが、

私が嫌われる勇気から学んだ、あらゆる悩みが消える方法についてお話ししていきたいと思います。

全ての項目は繋がっていますので、

最後まで読んでもらえると嬉しいです。

すべての悩みは人間関係から起こるもの

アドラー心理学では、すべての悩みは人間関係の延長から起こるものだと言っています。

 

確かに、職場の人間関係がうまくいかず、会社へ行くのが憂鬱だとか

パートナーや配偶者とうまくいかない、

子供が言うことを聞いてくれず、どうしたら良いかわからないなど、

対人関係から起こる悩みはたくさんあります。

 

ですが、摂食障害やうつで苦しんでいた当時の私は、

【太った自分には価値がない、痩せることができず、外へ出ることが怖い】

 

こういった思いに苦しんでおり、人間関係とは無関係だと思っていました。

 

なので、『人間関係から起こる悩みは確かにたくさんあるけど、すべてではない』

そう思っていました。

 

ですが、本を読み勧めていくうちに、

【悩みのすべては人間関係の延長】ということが事実であるとわかります。

 

例えば、『太っているか痩せているか』は、

人間が存在するから起こる価値観です。

 

私の周りに誰一人、人間が存在しなければ

【太っている・痩せている】といった価値観がそもそも存在しませんし、

誰かと比較して、

『太った自分は劣った人間だ』と思い悩み苦しんだり、

『人目が気になる、外に出るの怖い』といって引きこもることも当然なくなるわけです。

 

同様に、仕事がうまくいかず

『自分は無能な人間だ』と自分を責め、うつになりがちな人は、

周りと自分を比較し、周りの人が有能な人だと感じるために悩むわけです。

 

それなら、独立して一人で働けば解決するじゃないかと思いますが、

そうすると今度は、

同業の人間が自分と比較してうまくいっているか比較し、苦しむことになります。

 

もしくは、ご近所の人や身近な人と比較し、

あの人は家族もいて楽しそうなのに、自分は孤独な人生だ、など

新たな悩みが発生するわけです。

 

このように、今私達が思い悩む事のすべては

『人』が存在するゆえに発生するものだと考えると

 

人間関係をうまく築くことができれば

あらゆる悩みが解消されていく事になるんです。

 

①承認欲求を求めない

まず大事なことは、承認欲求を捨てることです。

 

アドラー心理学では承認欲求を認めていません。

それは、承認欲求を求めることで

他者の期待に応える人生を歩むことになり、

自分の人生を生きることができないからです。

 

承認欲求とは、

自分を認めてほしい、褒めてほしい、評価してほしいと求める感覚

のことを言います。

 

例えば、

両親が医者で、

子供にも医者になってほしいと、強く望んでいる場合、

両親から認められ、褒められる一番簡単な方法は

医者を目指す努力を行い、実際に医者になることです。

 

そして、子供自身も医者になりたいと思っているなら大きな問題はありません。

 

ですが本当は医者ではなく、

野球が好きで、プロ野球選手になりたいと望んでいる場合、

両親の期待に応えることを求めて生きるのであれば

『野球をしたい』という自分の気持ちを押し殺し、

両親の期待に応えるための人生を選ばなければいけなくなります。

 

そしてその結果、努力が実らず、医者になれなかった場合、

『あの時野球を続けていたら、プロ野球選手になれていたかもしれない』

『なれなかったとしても、今このような思いはしていないはずだ』と激しく後悔し、

これはすべて両親のせいだと責任転嫁し、

両親との関係がおかしくなるかもしれません。

 

また、無事に医者になることができ、

社会的にも認められ、何不自由のない生活を送っていたとしても、

『あのとき野球を続けていたら、自分の人生はどうなっていたんだろうか』

『親の期待に応え、自分のやりたいことは我慢し、

自分の人生は本当にこれで良かったのだろうか』と、

心にずっとモヤモヤした思いを抱えて生きることになるかもしれません。

 

私は過去に、摂食障害やうつ、引きこもりで苦しんでいた時、

痩せることでみんなから

『細くて羨ましい』

『こんなに食べるのに痩せていてすごい』

こういった評価により、快感を得て、自分に自信をつけていました。

 

でもその結果、摂食障害になり、過食が発症し、太ってしまったとき

【人から評価をしてもらえない=自分は無価値な人間だ】という思いに苦しみ、

うつや引きこもりになっていきました。

 

これはまさに、承認欲求を求めた結果です。

 

他人から評価されるために、食べたいものを極端に制限し、

吐いたり、下剤を飲むなどの、自傷行為を行うわけです。

 

嫌われる勇気では、ユダヤ教の教えとしてこんな言葉を紹介しています。

 

自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、

一体誰が自分のために生きてくれるのだろうか

 

この言葉、響きませんか?

私にはずっしりと響きました。

 

親からの期待に応えるために、

自分のやりたいことを諦め、責任転嫁し、親を怨むことや

 

他人の評価を求めすぎるあまり、自分を苦しめ、思い悩み苦しむことも

『自分の人生を生きている』とはとてもいえません。

自分の人生を生きるためには、承認欲求を捨てる事がとても大事なんです。

 

②課題を切り離して考えること

アドラー心理学では、

課題を分離して考えることで悩みが減り、人間関係も円滑になると言います。

 

『課題の分離』といわれてもピンとこない方のために

嫌われる勇気ではこのような例えでわかりやすく表現をしています。

 

馬を水辺に連れて行くことはできるが、馬に水を飲ませることはできない。

 

あなたが馬に水を飲ませようと水辺に連れて行ったのに、

馬が水を飲まなかったらどうしますか。

 

具合が悪いのかな?連れてきた時間が悪いのかな?

水が美味しくないのだろうか。

何か私が悪いことをしてご機嫌斜めなのかな・・・等

あらゆる原因を考えて悩んだり、

イライラしたり、

どうしたら飲んでくれるかと、ひたすら考えますか?

 

それとも、どうにかして飲ませようと馬の頭をつかみ、

むりやりに水面に頭を持っていきますか?

 

これはどちらも間違っています。

 

アドラー心理学では、

水を飲むか飲まないかは馬の課題であり、

あなたが介入することではないと言います。

 

これが【課題の分離】です。

 

課題の分離が出来ず、他人の課題を自分の課題として捉えることや、

他人の課題に無理やり介入することが

悩みや人間関係のトラブルの元となるのです。

 

この例でいうと、

馬の課題を自分の課題ととらえ、

 

『なぜ飲まないんだ、どうしたら飲んでくれるんだ』

とあれこれ考えることで自分の悩みを無駄に増やしています。

 

そして最悪なのは、馬の頭をつかみ、無理やり飲ませようとする行為です。

これはまさに他人の課題に土足で足を踏み入れた状態です。

 

こんなことをされて馬が喜ぶはずはありません。

 

暴れたり、あなたを蹴り飛ばしたり、

最悪の場合は逃げて帰ってこないかもしれません。

これが『人間関係を悪化させる』要因です。

 

ではなぜ、馬の頭を掴み、無理やり水を飲ませようとするのだと思いますか。

 

水を飲まないと馬の身体に良くない、だから【馬のため】に行うのだ。

そう思いますよね。

そして本人も本気でそう思って実行しています。

 

でも本当は違います。

 

『水を飲んでくれないと、自分が心配な気持ちを抱えることになる』から

無理やり飲ませようとしています。

または、『わざわざ遠いのに連れてきてあげたんだから飲んでほしい』といった思いや、

『また後で水辺にくる時間はない。だから今飲んでほしい』といった自己都合かもしれません。

 

いずれにしても自分の都合が根底にあるために

他人の課題に無理やり介入してしまうんです。

 

そして、「あなたのためよ」と言いながら、

自分の目的が優先された行動に、

相手は不快感を持ち、反発します。

 

アドラーは、相手の課題を切り離し、

『その気になったら自分はいつでも手伝うよ』

といった意志を伝えつつも、

相手の課題へ無理やり介入しないことが最善の方法だと言います。

 

馬は、喉が乾けば水を飲むし、必要としていなければ飲みません。

 

本当に馬のためを思うのであれば、無理強いせず、

また飲みたそうになった時、水辺に連れてきてあげれば良いだけです。

 

こうしていれば自分も無駄に思い悩むこともなく、

馬とずっと仲良く暮らしていくことができます。

 

課題の分離が出来ると人を信用することが怖くなくなる

アドラーに言われなくてもわかることだと思いますが、

人間関係をうまく構築するためには

相手を信用することも大事なことです。

 

信用することを恐れていたら、誰とも深い関係を気づくことはできないからです。

 

私達は、傷つくことを恐れて人を疑ってしまいがちです。

 

浮気をされて傷つくことが怖いから、相手の浮気を必要以上に疑ったり、

騙されて傷つきたくないから、騙されているんじゃないかと疑心暗鬼になるんです。

 

これもアドラーは、

浮気をするかしないか、

騙すか騙さないかは相手の課題であり、

自分の考えることではないといいます。

 

おそらくどこかに、

自分の魅力がないから相手は浮気をするんだとか、

自分が馬鹿だから騙されてしまうんだという思いがあったりします。

 

でもそれは違うんです。

 

浮気をする人間、騙す人間が悪いだけで、

自分に問題があると考える必要はないんです。

 

それよりも、疑うことが及ぼす影響の方が問題です。

 

何か物がなくなった時

自分は盗っていないのに『盗ったでしょう?』と疑われたら

『私のことをそんな人間だと思っていたのか』とショックを受け

相手との関係もギクシャクしてしまいますよね。

 

でも仮に、自分が盗っていた場合でも

『あなたが盗ったはずがない』と心から信用されていることがわかったら

自分の行いを恥じ、もう二度とこの人を裏切ってはいけないと

更生しようと思いますよね。

 

このように、自分が相手を信用することで相手を変える事も出来るんです。

 

課題の分離ができると生きることが楽になる

この、『課題を分離する』という考えを知ってから

私の人生はかなり楽なものに変わりました。

 

昔はよく、

『悪気はないけど、こんなことを言ったら相手の気分を害してしまうかもしれない』と、

自分の言いたいことに蓋をし、我慢する事がありました。

 

ですが、課題の分離を理解してから、

自分に悪意がなく、相手を傷つける言葉ではないのであれば、

『どう捉えるかは相手の課題』と考え、主張することが怖くなくなりました。

 

以前は課題の分離ができず、

相手がどう思うかまでを自分の課題だと捉えていたために

意見をのみ込み、モヤモヤすることが多かったんです。

 

そしてさらに、自分の主張を通すために

むりやり相手の価値観を変えようとすれば

相手はそれを不快に感じ、関係は悪化します。

 

これも、

『なんとか相手の価値観を変えて、自分の目的を遂行したい』

といった目的があるからです。

 

価値観は人それぞれです。

どちらが正しいとか、間違っているといった事ではありません。

 

それを理解している人は意見が違うことを受け入れられますし、

理解していない人は、異なる意見を聞いて不快に思うかもしれません。

 

ですがそれこそ、どう感じるかは相手の課題です。

相手が不快に感じても、それは自分の責任でも課題でもないわけです。

 

課題が分離できると、対人関係の鍵は自分が握れる

アドラーは、対人関係で悩んだとき、

鍵を握っているのは必ず『自分』なのだと言っています。

 

例えば、理由がわからず突然友人から無視をされたり、

昨日まで仲が良かったのに、急によそよそしくされることがあったりします。

 

こうなった場合、まずは自分が相手に何かしてしまっただろうかと考えます。

そして、どうしたら元の関係に戻れるか考え、

直接相手に

【何か悪いことをしたなら謝るから教えてほしい】などと聞いてしまったりします。

 

これは課題の分離ができていないために、

相手が変わってくれない限り自分の悩みは解消されないと思い込んでいるからです。

【相手が鍵を握っている】といった状態です。

 

でも、課題の分離ができていると

友人が自分に何かを感じ、距離を置かれているのは友人の課題だと認識し、

自分が悩んだり、考えたりする必要はないとわかります。

 

友人が自分に対し、何かを言ってきたら考えればいいだけです。

 

何も言ってこないのであれば、

避けるわけでも接近するわけでもなく、

普段通り普通に過ごすだけです。

戻って来ても何事もなかったかのように接すれば良いんです。

 

人間生きていれば、どんなに仲が良い人でも距離を置きたくなることがあります。

それは別に悪いことではないですよね。

長時間働き続けていたら、休みたいなぁと思う感覚と同じです。

 

時間がたてば戻ってくるかもしれないし、

戻ってこないかもしれない。

それはそれで仕方がないことです。

戻ってこなければ仕方がないと思うなんて冷たいとか、

薄情だと思われる方もいるかもしれません。

これに関しては後程説明します。

 

少なくとも、課題の分離ができていると、

相手の気持ちが変わらない限り、

自分の悩みは解決しないといった思いはなくなります。

人間関係の鍵を自分で握ることができるんです。

③自分への執着をやめること

自分への執着というのは、わかりやすく言い換えると自己中心的なことです。

 

「自分はたくさんの人に気を使っているし、

自己中心的な人間では決してない!」

と思われる方も多いかもしれません。

 

私達は、自己中心的な人というと、周りの人の意見など無視し、

自分のやりたいことだけを行う暴君のような人を想像しがちですが、

 

アドラーは課題の分離がきちんとできず、

承認欲求にとらわれている人も自己中心的だといいます。

 

それはなぜかというと、

自分をよく見せたいから他人の視線を気にしたり、

他人から評価してもらうために頑張ることは、

 

他人を、『自分を評価してくれる対象』

もしくは『自分を気持ちよくしてくれる対象』でしか見ておらず、

自分中心に物事を考えているからです。

 

そうなると、他人が【自分のために何をしてくれるのか】

といった観点でしか見れなくなってしまいます。

 

これはまさしく自分のことにしか関心がない状態です。

 

こうなってしまうと、自分の思うように動いてくれない人間を

【あの人は私に何もしてくれない】

【あの人は私の期待を裏切った】などと、

自分の承認欲求を満たしてくれない人間は

全員敵なんだと感じるようになります。

 

私は昔、摂食障害やうつであることを理解してもらえないことや

わかりもしないのに厳しい言葉をかけてくる人に腹を立てたり、

悲しい気持ちになり、心を閉ざしていました。

 

理解してもらえないなら誰にも話したくないし、

理解してくれない人は全員敵だと思っていたからです。

 

まさに、自分を中心に考えていたんですね。

 

私の病気を理解し、優しくする義務など、誰にもありません。

 

それは、家族であれ、パートナーや配偶者であっても同様です。

 

その上で、自分の病気を理解しようとしてくれる人が現れたら

すごく感謝できることだと思いませんか。

 

理解をしてもらえなかったとしても、

それが当たり前なんだと思っていたら

ストレスが減ると思いませんか?

 

アドラーは、人間誰しも共同体の一部であり、中心ではないと言っています。

 

例えば、

日本が中心になっている世界地図を見れば、

日本が世界の中心にあるように感じます。

 

ですが本来地球は丸いもので、地球の一部でしかありません。

 

同様に、自分は世界の中心ではなく、一部にしか過ぎない。

他人は私を喜ばせるために生きているのではない

 

このように思うことで

余計なストレスや悩みは減り、人間関係もうまく行くようになるんです。

 

④他者へ貢献する

人間には、だれでも、

【自分はここにいてもいいんだ】という所属感を求めると言います。

 

そして、所属感を得るために何を行えば良いかというと

【他者へ貢献すること】なんです。

 

例えば、自分は職場に居場所がないと感じており、

会社へ行くのが毎日憂鬱だとします。

でも仕事だけは真面目に頑張っていました。

ある日、同僚のミスを自分がカバーし、

『ありがとう、本当に助かった!』と感謝されたとします。

そしたら【自分は職場にいても良いんだ】そうおもえませんか。

 

そして同時に、自分は価値のある人間だと肯定する事も出来ますよね。

 

他者へ貢献することは、所属感を得られるだけではなく、自己肯定感も得られます。

さらに、幸福度も増すので、良い事だらけなんです。

幸福度を上げると、うつや過食が改善されます。幸福度をあげる方法②

幸福度を上げることでも、うつや過食が改善されます。幸福度をあげる方法①

 

話は戻りますが

はじめにお話をした、

医者にしたい両親と、プロ野球選手になりたい子供の場合、

子供が自分の人生を生きて、後悔しないためには

両親の期待に応えることはやめ、野球を続けることです。

両親が何を思っても

それは両親の課題であり、自分が介入することではないと思う事。

それが自分の人生を生きる最善の方法だという事になります。

 

でも、少しモヤモヤしませんか?

 

野球を続ければ、確かに自分は後悔しないかもしれないけど、

両親に悪いと思うし、両親との関係がおかしくなりそうだとか、

 

親の希望を一切聞かず、

自分のやりたいことだけをやるのは自分勝手なのではないかとモヤモヤしますよね。

 

先ほどの

急によそよそしくなった友人の話も同様です。

自分に対しどう思うかは友人の課題で

仮に戻ってこなくとも、相手の課題に介入するべきでないというのは

少しモヤモヤしますよね。

 

友人は何か誤解をしているかもしれない。

誤解をしていればその誤解を解きたいから自分から聞くべきだとか、

大事な友人関係をそんな風に割り切って考えられない。そんな考え方は薄情だ。

そういった気持ちになるかもしれません。

 

承認欲求を求めず、課題を分離して考え

自分の決めた道を進むことが出来れば

余計な悩みは発生せず、人間関係のトラブルも起きにくいと思いますよね。

でもどこか薄情で自分勝手な行動のように感じます。

 

アドラーは、前提として、

何を与えてもらうかではなく、

何が与えられるかを考えて行動することが大事だといいます。

 

もしもプロ野球選手になりたい子供が、

両親の意見は無視し、ひたすら野球だけを続けていけば

両親との関係はおかしくなるかもしれません。

ですが、子供が両親に対し、

常に両親の喜ぶことを考え、実行していたらどうでしょうか。

 

野球を許してくれなくとも、

家族関係がおかしくなることはないと思いませんか。

冷静に医者になることの大切さを話し合おうと向き合おうとし、

子供も医者になろうと考えが変わることがあるかもしれません。

 

 

よそよそしくなった友人に対してもそうです。

普段からその友人が喜んでくれることを考えて実行していたらどうでしょうか。

仮に、距離を置きたくなってよそよそしくなったとしても、

友人が冷静に一人になった時、

過去の【してもらったこと】を思い出せば戻ってくると思いませんか。

 

誤解が生じていても【そんなことする人間じゃない】と

友人から話をしてくれるはずです。

 

 

たとえ嫌われようとも、他社への貢献を見失わなければ何をしても良い

 

嫌われる勇気で哲人が言った言葉です。

 

常に【相手に自分は何が与えられるか】を考えて行動をしていれば

相手の期待に応えようとせずとも、

課題を分離し、自分の決めた道を進むことを選んだとしても

たいした問題ではないんです。

 

⑤自由に生きるために嫌われる勇気を持つ

私は自由に行きたいと強く思ったことはないですが、

不自由に生きたいとは思いません。

 

アドラーは、関係が壊れることを恐れて生きることは不自由だといいます。

 

人間は普通に生きているだけで、必ず誰かに嫌われます。

 

それは、価値観が異なる人間が集まっているからです。

人間が存在する限り当たり前に起こることなんです。

 

すべての人に嫌われないよう行動をすれば

気乗りしない約束も断らず、思ってもいない人の悪口に同調し、

おもしろくもない話に笑ったりしなければいけないんです。

 

これってかなり不自由で苦しい生き方です。

 

それでも誰かに嫌われたり、陰口を言われたりします。

 

それは、無理して付き合っていることが伝わるからかもしれませんし、

いろんな人に良い顔をしていることがわかったからかもしれません。

 

こんな大変な思いをしていても

生きている限り誰かには必ず嫌われるんです。

 

同じように嫌われるなら、

自分の好きなように生きて、嫌われる方が良いと思いませんか。

 

相手が自分をどう思うか、好きか嫌いかを感じることも

相手の課題であり、自分が介入することではありません。

 

哲人はこのように言っていました。

誰かに嫌われるということは、自分が自由に生きている証である。

 

【あらゆる悩みが解決していく方法】まとめ

最後に、あらゆる悩みが解決する方法をまとめます。

①承認欲求を捨てる

②課題を分離して考える

③自分への執着をなくす

④【自分が相手に何を与えられるか】考えて行動する

⑤嫌われる勇気を持つこと

嫌われる勇気は私の人生観を変えてくれた本です。

 

私自身、まだできていないことはたくさんありますが、

昔より無駄に悩むことや、

人間関係に苦しむこともなくなりました。

そして、今回この記事を書くに当たり読み返したことで

新たな気づきや発見もありました。

読み返すたびに新しい発見がある本でもあります。

 

あくまでこの記事の内容は私の解釈です。

ご自身で読み、

自分の状況に合った解釈をしていただくことが一番です。

 

ぜひ、読んでみてほしい1冊です。

 

最後に、嫌われる勇気の印象的だった言葉をもうひとつご紹介します。

私が変われば世界が変わる私以外誰も世界を変えてくれない

コメント

タイトルとURLをコピーしました